2008年7月26日土曜日

push

水道ってこれ大変便利であって、洗浄、飲料と生活に必要とされる特別な存在である。特に便利な点といえば、自由に水を排出できることにある。

駅構内、私は厠にて用を足し、いつものように手指を洗浄すべく入口すぐの洗面所へ向かった。水を出そうと水道のコックを捻ろうとしたところ、ない。のっぺりしている。ここの水道はコック式ではなく、手を近づけると自動で水を排出する仕組みなのだろう。そう思って手を差し出し揉み手をしてみたが、作動しない。新たに厠へ入ってきた老人が一瞥して通り過ぎ、糞をたれる個室へと入っていった。どうしたことだろうか、故障だろうか、私はその形状を細かく観察してみた。するとどうだろう、蛇口の先端にPUSHと表記されてある。PUSHとは、ここを押せ、という命令であることを私は知っているので、素直にそれに従った。出た、水が、それも尋常ではないほどの勢いで。あらためて両手で揉み手を試みた。しかし、手を翳した途端に水は排出を中止した。もう一度挑戦してみてもやはり手を翳した瞬間に水は止まるのである。今度はPUSHした後、瞬間的に手を滑り込ませてみたが、指先に微かに水が触れるだけで、どうやっても手指を十分に濡らすことができない。老人の個室から放屁の音がした。私はあせらない。学習能力というものをいかんなく発揮させたところ、PUSHの意味を取り違えていたことに気づいた。ここを押せ、ではなく、ここを押している間のみ水を供給する、という意味であったのだ。右手でPUSHし、左手を濡らす、水の勢いが凄いため周囲まで水浸しだが気にしない。今はとにかく手を洗いたい。今度は逆の手を濡らす。石鹸を使い両手を洗浄、同じように右手でPUSH、左手を濡らす。次に左手でPUSH、ところが先程石鹸のついた右手でPUSHしてしまっているため、PUSHするところに石鹸が附着している。このままでは洗い終わった左手に再び石鹸がついてしまうという状態に陥ってしまった。通常であれば両手を使って水を汲み上げPUSH部を洗い流す手法をとるものだが、水を供給させるためには片手を使用するので片手のみで水を汲むしかない。片手では少量の水しか用意できず、何時までたってもPUSH部がぬるぬるしているようで時間がかかって仕方がない。

やっと手指を洗い終えた私は疲労感と屈辱感で一杯だった。時間も無駄にしてしまった。手を乾燥させる機械に手を突っ込んだときに気づいたが、勢いのある水との格闘の結果、ズボンの股間から下が濡れている。この状態で厠から出ると、小便が間に合わなかった人、として周囲は認知するだろう。その時、個室に入っていた老人が出てきて洗面所など目もくれず退散していった。私は老人が入っていた個室でズボンが乾くのを待った。老人は便器に糞を残したままであった。